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福岡地方裁判所 昭和56年(ワ)285号 判決 1984年4月10日

原告 上出ナヲ

右訴訟代理人弁護士 美奈川成章

被告 森本司郎

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 黒田慶三

被告 有限会社 坂田ビル

右代表者取締役 坂田紀子

右訴訟代理人弁護士 水崎嘉人

同 中島繁樹

被告 株式会社 富装建設

右代表者代表取締役 伊藤雄三

右訴訟代理人弁護士 坂本佑介

同 井上庸夫

同 金子龍夫

主文

一  被告森本司郎同有限会社坂田ビルは、原告に対し、連帯して金一五〇万円及びこれに対する昭和五六年二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告森本司郎同有限会社坂田ビルに対するその余の請求、並びに被告株式会社吉川工務店同株式会社富装建設に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告森本司郎同有限会社坂田ビルとの間においては、原告に生じた費用の各一〇分の一を右被告らの負担、被告森本司郎同有限会社坂田ビルに生じた各費用の五分の四を原告の負担、その余を各自の負担とし、原告と被告株式会社吉川工務店同株式会社富装建設との間においては、全部原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。但し、被告森本司郎同有限会社坂田ビルが各金三〇万円の担保を供するときは、当該被告において右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の主張

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金九一万四〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告に対し、被告有限会社坂田ビル(以下「被告坂田ビル」という。)同株式会社富装建設(以下「被告富装建設」という。)は、連帯して金八二万一〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、被告森本司郎(以下「被告森本」という。)同株式会社吉川工務店(以下「被告吉川工務店」という。)は、連帯して金五四万三〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、被告坂田ビル及び被告森本は、連帯して金七〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  1、2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙図面(一)表示の位置に、別紙目録(一)の建物(共同住宅、以下「原告アパート」という。)及び同目録(二)の建物(居宅、以下「原告居宅」という。)を所有し、みずからは右原告居宅に居住して、右原告アパートを他人に間貸ししている。

2(一)  被告森本は、別紙図面(一)表示の位置に、別紙目録(三)の建物(ホテル、店舗、以下「森本第一ビル」という。)を所有している。

(二) 被告吉川工務店は、被告森本から森本第一ビルの建築工事を請負い、昭和五三年一一月に着工し、昭和五四年七月一四日竣工した。

(三) 被告坂田ビルは、別紙図面(一)表示の位置に、別紙目録(四)の建物(店舗、事務所、共同住居、以下「坂田ビル」という。)を所有している。

(四) 被告富装建設は、被告坂田ビルから坂田ビルの建築工事を請負い、昭和五三年五月二〇日に着工し、昭和五四年四月末竣工した。

3  被告らの右坂田ビル及び森本第一ビルの建築は、次に述べるとおり、原告に社会生活上一般に受忍すべき限度を越える不利益を強いるものであるから、違法であり、原告に対する不法行為を構成する。

(一) 騒音、日照阻害等による被害

原告は、昭和三七年ころから、原告アパート及び原告居宅並びにそれらの敷地を取得し、以降約二〇年間にわたって原告居宅に居住しながら原告アパートを学生(ことに予備校の学生)らに間貸しし、その賃料を唯一の生活の資として、右敷地内に居住してきた。

そして、原告アパート及び原告居宅は、坂田ビル及び森本第一ビルが建築される以前、ほぼ終日日照を得られ、原告アパートは常時満室の状態であり、原告自身も原告居宅で快適な生活を送っていた。

ところが、昭和五三年五月の坂田ビル建築着工の前月ころから、建築資材搬入等による騒音、振動が発生し、原告アパート及び原告居宅は、到底居住、勉学等不能な状態となって、原告アパートの新規入居希望者がほとんどいなくなり、また、入居していた学生らも次々に賃貸借契約を解除して退去し、森本第一ビルの建築工事が始まった後である昭和五三年一二月末には、原告アパート一階部分(一一室)が全部空室となり、二階部分(五室)も、一組の夫婦が二室を借りているほかは空室となった。

そして、坂田ビル及び森本第一ビルの竣工後、原告アパートは、右両ビルによって年間を通じほぼ終日日照、採光が阻害されるようになったうえ、通風も損なわれ、加えて両ビルが高層建物であるため圧迫感を受けるようになり、また坂田ビルから空調機の発する騒音もあって、到底生活できない状態になり、天空部分によりいくらか明るさの確保できる二階部分を除き、全く入居者を見込めなくなった。

原告居宅についても、日照、採光阻害等の被害状況は、ほぼ右原告アパートと同様である。

更に、原告アパート及び原告居宅の敷地である原告の所有土地も、右日照、採光等の阻害により、その経済的価値が著しく低下した。

(二) 地域性

原被告らの前記建物所在地は、都市計画法及び建築基準法の規定する用途地域区分上商業地域であるが、近年一部に高層建物が建築されてきつつあるものの、いまだにせいぜい二階建の個人住宅が大半を占めている現状であり、原告の生活利益は、なお法的保護の対象とされるべきである。

なお、坂田ビル及び森本第一ビルは、商業地域に建築されているため、建築基準法五六条の二のいわゆる日影規制対象外の建物であるが、右公法上の規制は、一応の社会的基準として画一的処理のため設けられたものであり、規制の対象外建物であることの一事をもって、その建物によって生ずる日照、採光阻害等の被害が当然受忍限度内であると即断することは許されず、この点は、結局、具体的な被害状況等を勘案して決すべきである。

(三) 建物の用途

坂田ビルは、事務所ビル、森本第一ビルはシティホテルであり、両ビル共、原告のアパート経営とは比較にならぬ利益を得ることのできる建物であって、かつ公共性の稀薄なものである。

4  商業地域とはいえ、二階建個人住宅が大半を占めている原告アパート及び原告居宅付近に建物を建築する場合、被告吉川工務店同富装建設は、近隣住民に対し、工事による騒音、振動などで被害を及ぼさぬよう配慮すべき注意義務があり、また、被告坂田ビル及び同森本は、近隣住居の日照、採光、通風などを阻害しないよう建物の高さ、規模、形状に留意すべき注意義務があった。

しかるに、被告らは、それぞれ右注意義務を怠り、漫然と前記のように坂田ビル及び森本第一ビルを建築し、原告に甚大な損害を与えたものである。

5  損害

(一) 原告アパート入居者の退去による賃料損害

(1) 坂田ビル及び森本第一ビルの工期が重複する期間(昭和五三年一二月から昭和五四年四月まで) 九一万四〇〇〇円

(2) 坂田ビルのみの工期(着工の前月である昭和五三年四月から昭和五三年一一月まで。なお前記のとおり着工前の建築資材の搬入段階ですでに騒音、振動などの被害が発生していたので、損害の発生時期を着工の前月とする。) 八二万一〇〇〇円

(3) 森本第一ビルのみの工期(昭和五四年五月から同年七月まで) 五四万三〇〇〇円

(4) 両ビル竣工後(昭和五四年八月から昭和五八年一一月まで。昭和五五年四月以降は、原告アパート一階部分の賃料減についてのみ請求する。) 五四三万二〇〇〇円

(二) 地価低下を含む原告の精神的損害 五〇〇万円

6  なお、建築工事期間中にあっては、騒音、振動、日照、採光阻害等が相乗的に加わっているので、工事期間の重複する昭和五三年一二月から昭和五四年四月までの間は全被告が、重複しない工事期間については、被告坂田ビルと同富装建設、及び被告森本と同吉川工務店が、それぞれ連帯して損害を賠償する義務がある。

よって、原告は、不法行為に基づく損害賠償請求権として、被告らに対し連帯して九一万四〇〇〇円を、被告坂田ビル同富装建設に対し、連帯して八二万一〇〇〇円を、被告森本同吉川工務店に対し、連帯して五四万三〇〇〇円を、被告坂田ビル同森本に対し、連帯して坂田ビル及び森本第一ビル竣工後の賃料減収及び精神的損害のうち七〇〇万円を、並びに右各金員に対する不法行為の後である本件訴状送達の翌日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実について

(被告森本、同吉川工務店、同坂田ビル)

知らない。

(被告富装建設)

認める。

2  請求原因2の事実について

(被告森本、同吉川工務店)

(一)及び(二)は認めるが、(三)及び(四)は知らない。

(被告坂田ビル)

(一)及び(二)は知らないが、(三)及び(四)は認める。

(被告富装建設)

全部認める。

3  請求原因3の事実について

(被告森本、同吉川工務店)

原被告らの前記建物所在地付近が商業地域であることは認めるが、その余の事実は否認する。

被告吉川工務店は、昭和五三年一一月三〇日、森本第一ビルの建築に着工した。したがって、原告アパートの入居者が、同年一二月までに、一組の夫婦を除きすべて退去したとしても、それは森本第一ビルの着工より約六か月先に着工した坂田ビルの建築工事に起因するものであって、森本第一ビルの建築工事とは因果関係がない。

仮にそうでないとしても、被告吉川工務店は、基礎工事にはアースドリル工法(無振動、無騒音)を用い、本件の建築の場合も、ボルトの締めつけは音の出ない工法で行っているのであって、可能な限り振動、騒音を少なくする工法を用いたのであるから、ハンマーの騒音、その他若干の騒音があったとしても、受忍限度を越えるものではない。

次に、原告アパートは、森本第一ビルの建築前、同ビル敷地に二階建木造建物が存在していたうえ、原告アパート自体が境界線に近接して建てられていたため、境界線上に植えられていた多数の植木などにより、もともと十分な日照を得ることができなかった。

そして、原告アパートは、その建築年度は不明であるが、すでに相当老朽化しており、共同トイレで、風呂の設備もなく、東隣に軒を接するようにして別の二階建アパートが建っているため、日照、採光等も不良であって、もともと快適な居住環境にあるものとはいえなかった。

しかるところ、近時、社会一般における居住環境は、著しく改善され、学生の下宿もバストイレ付個室が一般化されつつある傾向にあり、原告アパートの入居者が減少することもやむを得ない現象であるといわなければならず、その入居者の減少と森本第一ビルによる日照、採光阻害等との間には直接因果関係がない。

仮に、森本第一ビルの建築によって原告アパート及び原告居宅にある程度の日照、採光阻害等の被害を及ぼしたとしても、付近は商業地域に指定されていて、建築基準法五六条の二のいわゆる日影規制の対象外であるうえ、森本第一ビルの前面は通称国体道路と呼ばれている幹線道路に面しており、周辺にも多くの中、高層ビルがあり、また、現に建築中のビルもあって、市街地としての開発が活発に行われつつある地域である。

そして、森本第一ビルの建築は、このような地域における通常の用法に従った土地利用であり、建築基準法その他の関係法規に何ら違反しておらず、もとより原告に対する害意など全く存しない。

(被告坂田ビル)

(一) (一)のうち、原告アパートが坂田ビルによって原告の主張する程度の日照、採光阻害等の被害を受けていることは否認する。原告アパートは、別紙図面(一)及び(二)に示すように、坂田ビルの北側に南北に細長く存在する建物で、窓が主にその東側と西側に設けられているものであるところ、坂田ビルによる日照の影響は原告アパートの南側部分についてのみであり、他は全く影響のないものである。原告アパートの西側隣地には、敷地の境界に接して森本第一ビルが、東側隣地には原告アパートと軒を接して他の二階建アパートが建っており、原告アパートの日照は、右両建物によって阻害されているものである。

原告居宅が坂田ビルによって日照採光阻害等の被害を受けていることは否認する。原告居宅は、別紙図面(一)に示すとおり、坂田ビルから約一〇メートル離れており、坂田ビルによって日照、採光が阻害されることはない。

その余の事実は知らない。

(二) 原被告らの前記建物所在地付近が、商業地域であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(三) (三)は否認する。

(被告富装建設)

原被告らの前記各建物所在地付近が商業地域であることは認めるが、その余の事実は否認する。

原告アパート及び原告居宅の主たる窓のある部分に対する日照、採光阻害等は、坂田ビル以外の建物によるものであり、坂田ビルが日照、採光阻害等に関係しているのはごく一部にすぎない。また、原告アパート及び原告居宅は、従前から日照、採光が阻害されていた。

原被告らの建物がある地域は、昭和六年八月三一日商業地域に指定されており、市内でも最も早くから商業地域としてひらけている地域である。とりわけ、坂田ビルの敷地はいわゆる国体道路に面した場所であるから、高層建築による宅地利用が許容されているというべきである。

被告坂田ビルとしては、坂田ビル建築に際し、当初その前面に駐車場を作る予定であったが、そうすると、坂田ビルが北側の原告アパートに近接することになるので、原告アパートに対する日照、採光阻害等の影響を少なくするため、あえて前面の駐車場を廃して、北側にゆとりをもたせるよう配置した。

4  請求原因4ないし6の事実について

(被告ら)

否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、原告と被告富装建設との間で争いがなく、原告とその余の被告との間では、《証拠省略》によりこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  請求原因2の事実は、原告と被告富装建設との間ではすべて争いがなく、原告と被告森本、同吉川工務店との間では、(一)及び(二)の事実が争いがなく、(三)及び(四)の事実は《証拠省略》を総合すればこれを認めることができ、原告と被告坂田ビルとの間では、(三)及び(四)の事実が争いがなく、(一)及び(二)の事実は《証拠省略》を総合すればこれを認めることができ、以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、《証拠省略》を総合すれば、被告吉川工務店は、同森本から森本第一ビルのほかに別紙目録(五)記載の建物(以下「森本第二ビル」という。)の建築工事をも請負い、昭和五四年一月建築に着工し、同年七月に右建物を別紙図面(一)記載の位置に完成させたことを認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

三  請求原因3について

1  原被告らの前記各建物の所在する地域が、都市計画法及び建築基準法上の用途地域区分上商業地域であることは、当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は、昭和三六年ころ、原告居宅と原告アパートの敷地である土地を購入し、間もなく右敷地いっぱいに右両建物を建て、原告自身は原告居宅に居住し、原告アパートを他人に間貸しして、その賃料を唯一の資として、原告及び子供四人の生計を賄ってきた。

(二)  原告アパートは、南北に細長い木造セメント瓦葺二階建の建物であり、その構造はほぼ別紙図面(二)に示すとおりである。

原告アパートの一階は、その中央を幅約一メートルの通路が南北に通っており、右通路は、北と南の出入口があるものの、窓等ないため、昼間でも薄暗い構造になっている。そして、いずれも四畳半の部屋が右通路の西側に六室、東側に五室あり、各部屋には窓が一つあって(但し、西側の部屋は西窓、東側の部屋は東窓であり、ただ、東側の列の南端の部屋のみ東側と南側に二つの窓がある。)、その窓が各部屋の採光口になっている、右各部屋は、室内に水道と流し台が設けられていて、畳が二枚敷かれ、更に、畳約一枚分の広さの部分が一段高くなっており、ベッドとして使用されるようになっている。

原告アパートの二階は、東側に廊下があり、廊下の東側は二枚組一間幅の窓が三組あって、採光し易い構造になっている。二階には五室あるところ、各部屋は、三畳と四畳半、六畳と押入、六畳と三畳の台所と押入、六畳二間、六畳二間であり、全部一階に比べ広くなっている。なお、窓は各部屋に一個ある(但し、西側の南端の部屋には西側と南側に二つの窓がある。)。

(三)  坂田ビル及び森本第一、第二ビル建築前の原告アパート及び原告居宅の日照、採光の状況をみると、昭和三六年ころ原告アパートが建てられてから間もなく、その東側隣地にも、境界線いっぱいに軒を接するようにして木造二階建アパート(光永アパート)が建てられたため、原告アパート一階東側の各部屋は窓からの採光が不十分で元々薄暗かった。

現在坂田ビルが建っている原告アパート南側隣地は、同ビルが建てられる以前、境界線いっぱいに木造一部二階建の店舗兼居宅があり、同建物と原告アパートとの距離は必ずしも明確ではなく、一ないし二メートル位であったところ原告アパートに面する部分は一階建であり、右建物が原告アパートの日照、採光に特に悪影響を及ぼしていたことはない。

原告アパートの西側隣地は、現在の森本第一ビルが建てられている部分内に二棟の建物があり、一つは国体道路に面する木造二階建アパート、他の一つはその北側に繋がるようにして木造一部二階建の居宅であったが、右木造一部二階建居宅が原告アパート南壁を西側隣地に延長した線付近に存していたことや、二階部分が一部であったことなどから、右建物が原告アパートに対する西側からの日照採光を特に阻害するようなことはなかった。

右一部二階建居宅建物の北側(原告アパートの西側)は、庭であって樹木が植えられており、中には原告アパートの屋根の高さ位のものも二本(ヒマラヤ杉、槇)あり、右二本の高木で幾分か原告アパートの日照が阻害されることはあったが、その他の低木は原告アパートの日照には影響を与えなかった。

また、原告居宅の西側隣地には、幅九〇センチメートルくらいの通路をはさんで、古くから訴外澤木所有の木造二階建居宅があり、そのため原告居宅西側はもともとほとんど日照がなかった。

(四)  原告アパートには、当初、いろいろな職種の人が入居していたが、原告アパートに風呂の設備がなく、近くの銭湯を利用しなければならないことや、トイレが各部屋ごとになく共同であること、部屋が狭いうえ建物が古くなってきていることなどから、新規の入居希望者が次第に少なくなって行った。

そこで、原告は、近くの大学予備校に学生の斡旋を依頼し、その後同予備校から毎年学生の入居者を斡旋して貰い、昭和四六、七年ころから入居者がほとんど予備校の学生で占められるようになり、今日に至っている(二階の一一、一二号室だけは一組の夫婦が二部屋を借りて古くから入居している。)。坂田ビルの建築が始まる直前の昭和五三年三月時点で、原告アパートは予備校の学生等の入居者で満室であった。

(五)  ところが、被告富装建設が坂田ビルの建築に着工する直前の昭和五三年四月ころ、トラックによる建築資材の搬入等が始まったところ、それ以後原告アパートへの入居を希望する予備校の学生がいなくなり、また、入居していた学生も漸次退去してゆき、昭和五四年一月には、入居者が古くから二階の一一、一二号室を借りている夫婦一組のみとなった。

そして、坂田ビル及び森本第一、第二ビルがいずれも竣工した後である昭和五五年三月ころから、原告アパートの二階に、再び予備校の学生が入居するようになったが、一階の方は、一一部屋のうち三部屋に一時入居者がいたものの、昭和五五年一二月以降今日まで全く入居希望者がいない。

(六)  坂田ビル及び森本第一、第二ビルの各建築工事中の騒音、振動についてみると、被告富装建設は坂田ビルの基礎工事をアースドリル方式で、被告吉川工務店は森本第一ビルの基礎工事(森本第二ビルは軽量鉄骨造のため大掛かりな基礎工事なし)をミルク注入方式でそれぞれ行ったところ、右方式はいずれも振動、騒音の少ない方式であって、右被告らは原告の被害を最少にすべく努めたのであるが、トラックの出入りの音、ハンマーの音、その他工事に伴う騒音を避けることができず、原告から坂田ビル建築工事の現場責任者に対し、また、原告及び原告居宅一階を事務所として賃借している者から森本第一、第二ビル建築工事の現場責任者に対し、それぞれ騒音に関し苦情の申出がなされた。

(七)  坂田ビル及び森本第一、第二ビル竣工後の右各ビルによる原告アパート及び原告居宅の日照阻害等の被害についてみると、原告アパート、原告居宅、坂田ビル、森本第一、第二ビル及び光永アパートの位置関係は別紙図面(一)に示すとおりであり、いずれの建物もほぼその敷地いっぱいに建てられている(ただ、坂田ビルは、北側の原告アパートに面する部分を境界線からやや引いて、原告アパートとの間に少し空間を生じさせるようにし、また、二階にテラスを設けて、原告アパートに面する部分の約半分を二階までとし、原告アパートの日照、採光、通風及び圧迫感をやや考慮して、それらの被害を幾分少なくする構造となっている。)。そして、そのため原告居宅及び原告アパートは、坂田ビル及び森本第一、第二ビルによって、次のとおり日照を阻害されるようになった。すなわち、原告アパートは、冬至において午前八時ころ既に半分以上(西側及び南側の窓部分のほとんど全部)坂田ビルの日影に入り、午前一〇時ころから同一一時にかけてほとんど全部日影に入ってしまい、同一一時を過ぎたころから、今度は森本第一ビルの日影に入りはじめ、午後零時には全部同ビルの日影に入ってしまい、その状態が午後三時まで続き、午後四時ころ漸く原告アパート北西端に日照が得られるようになる。その間、原告アパート南西部分の一、二階の各部屋に午前一一時すぎころから約三〇分間の日照が得られるのみである。右のように、原告アパートは、両ビルによって有効日照時間帯における日照がほぼ全部阻害されることになった。また、原告居宅は、午前九時三〇分ころから南側部分が坂田ビルの日影に入りはじめ、同一〇時過ぎころ南側及び西側がほぼ全部日影に入ってしまうが、同一一時過ぎには同ビルによる日影はなくなる。しかしながら、同一一時過ぎから森本第一、第二ビルによる日影に入りはじめ、午後零時には完全に同ビルの日影に入ってしまい、午後二時前ころから、原告居宅の南西部分のごく一部について、森本第一ビルと同第二ビルの間からの日照を得られ、午後二時過ぎから原告居宅南面に日が入りはじめ、同三時半ころには南面全部に日照を得られるようになる(なお、前記認定のとおり、原告居宅は、西側隣地に古くから二階建建物が存していたため、もともと西側の日照を得ることができなかった。)。

(八)  右日照阻害に加えて、原告アパートは、坂田ビル及び森本第一ビルが近接して建築されているため、通風が悪くなり、少し間隔がある坂田ビルとの間は幾分風が通るが、森本ビルの方から原告アパートの方へはほとんど風が通らなくなった。また、右両ビルが原告アパート入居者に対し与える圧迫感もかなりのものがある(但し、坂田ビルは、前記認定のように、二階にテラスを設けて三階以上を狭くするなどし、この点について幾分配慮した構造となっている。)。

また、坂田ビル一階の北側、原告アパートに隣接して設けられている同ビルの貯水タンクについて、不定時に水のたまる音がし、当初その音が大きかったので、原告が被告坂田ビルに苦情を申し出たところ、同被告において修理をし、その後音が低くなったものの、今日もその音が全くなくなったものではない。更に、同ビル二階のテラスに設置されている空調機の室外機も不定時に低い音を出しており、森本第一ビルからも、不定時に冷暖房等の騒音があって、特に夏の夜の被害が大きい。

(九)  坂田ビル及び森本第一ビルは、別紙図面(一)に示すとおり、いずれも福岡市における主要道路の一つである国体道路(福岡市中央区六本松方面から同市博多区博多駅方面に至る)に面して建てられ、原告居宅は右道路に平行に走る北側裏通りに面して建てられ、坂田ビルと原告居宅との間に原告アパートが建てられている。原被告らの右建物の所在する地域は、福岡市の中心部に近接しており、都市計画法及び建築基準法上の用途地域区分上商業地域であり、付近には高層建物も存し、今後国体道路に面する部分の高層化が序々に進んでいくことが予想されるが、他方、また古くからの木造二階建の居宅も多く残っていて、特に原告居宅及び原告アパートの所在する国体道路に直接面しない裏通り付近には数多く見られる。

(一〇)  原告アパートは、その敷地の東側、南側及び西側の各境界線にいっぱいに建てられており、原告居宅も同一敷地の北側及び西側境界線いっぱいに建てられている。森本第一、第二ビル及び坂田ビルも、原告アパート及び原告居宅の敷地との境界線近くに建てられている(ただ、坂田ビルがその敷地境界線からやや引いて建築されていることは前記認定のとおりである。)。なお、右原被告の建物がある地域は、前記のように福岡市の中心部に近接しており、建物がかなり密集している地域であって、この地域の建物は総じて敷地いっぱいに建てられている。

(一一)  被告坂田ビル及び同富装建設は、坂田ビル着工の数日前、菓子箱を持って原告方を含む付近住家六、七軒を個別に訪問して工事説明をしたが、その説明は設計図や日影図を示してのものではなかった。原告は、着工後坂田ビルが高層の予定であることを聞き知り、市役所や県庁に相談に行き、また四、五階建位までにして貰おうと思い、被告坂田ビル代表者の住所を探したが、長崎とだけしかわからず、被告坂田ビルの代表者の父を福岡市内に探し当てて、設計変更を申し込み、また被告富装建設の現場事務所に相談に行ったりしたが、結局建築許可を得て建てているからということで、応じてもらえなかった。

被告森本及び同吉川工務店は、森本第一ビルの着工に先立ち、原告方を訪れて工事説明をしたが、その説明は設計図や日影図を示してのものではなかった。その後、原告からの騒音、日照阻害等の苦情が出て話し合ううちに、四、五〇万円で和解する話合いが一旦整いかけたが、原告が被告坂田ビルらとともに被告森本らを相手に訴訟を起こすということになって、右和解も成立するに至らなかった。

3  原告は、坂田ビル及び森本第一、第二ビルの建築工事中の騒音、振動等が社会生活上原告の受忍すべき限度を越えたものであった旨主張するので、まずこの点について判断するに、前記認定の事実によれば、被告富装建設及び同吉川工務店は、可能な限り騒音、振動の少ない工法を採用して基礎工事を行ったことが認められ、建築工事に通常伴うトラックの出入、ハンマーの音等の騒音はあったとしても、特に社会生活上受忍すべき限度を越えた騒音、振動を発生させたことを認めるに足りる証拠はないから、右建築工事中の騒音、振動が不法行為を構成すると認めることはできない。なお、原告アパートの入居者である予備校の学生が建築工事の開始と時を経だてずに全員退去し、これは右工事の騒音等のため勉学に支障を生じたためと推認できるけれども、右は入居者が特に静かな環境を望む予備校の学生であったという原告側の特殊な事情に基づくのであり、右入居者退居の事実があるからといって、前記認定の付近の地域性を考慮すると、右騒音等の程度が社会生活上受忍すべき限度を越えていたとまで評価することは相当でない。

4  次に、坂田ビル及び森本第一、第二ビルによる原告アパート及び居宅の日照阻害等が不法行為を構成するか否かについて検討する。

(一)  ところで、被告らの前記建物は、都市計画法及び建築基準法で規定している用途地域区分では商業地域に建築されたものであるから、建築基準法五六条の二の日影規制の対象外の建物である。しかしながら、建築基準法の右規制は画一的処理をするために一応の日照保護基準を定めたものであり、右規制の対象外の地域に建築する建物であることの一事をもって、その建物から生じる日照被害が常に被害者の受忍すべきものであると即断することはできず、受忍限度の範囲内であるか否かは被告の状況、場所の地域性、その他の個々の具体的事情を勘案して判断すべきであり、当該建物が右規制の対象外であることは、右判断をなすに当って重要ではあるが、一つの資料にすぎない、と解するのが相当である(東京地決昭和五四年三月三〇日判例時報九二二号六七頁)。

(二)  そこで、前記認定事実に基づいて、本件の場合が原告の受忍限度の範囲内であるか否かについて判断する。

原告アパートは、坂田ビル及び森本第一、第二ビル建築の以前、東側隣地に二階建アパートが軒を接するようにして建てられていた関係で、東側の窓に日照を得られず、そのため特に一階の部屋が採光不良で薄暗かったものの、南側及び西側は良好な日照が得られ、予備校の学生の入居者によりほとんど常時満室であったところ、坂田ビル及び森本第一ビル建築後、前記のように午前午後を通じてほとんど日照が得られなくなったうえ、南側及び西側に原告アパートに近接して(南側の坂田ビルは、前記のようにいくらかの配慮がなされている)高層ビルが建てられたことにより、通風が悪くなると共に、両ビルによって原告アパートの居住者がかなりの心理的圧迫感を受け、更に、両ビルから種々の騒音を受けるようになって、原告アパート一階への入居希望者がいなくなったという被害状況に加え、商業地域とはいえ、国体道路に面した土地から一つ裏通りに入れば、付近に木造二階建居宅が今日なお多数存在していること、建築に着工する前、被告らから原告に十分な説明がなされておらず、着工当初から原告と被告らとの間に苦情、トラブルがあったこと等の事情を考慮すると、原告アパートの構造、老朽化がその居住性の悪化の一因をなしていることを原告に不利に斟酌したとしても(原告アパートは、その敷地の東側、南側及び西側の境界線いっぱいに建てられているが、建物密集地であるから、ある程度やむをえないと言わざるをえない。)、なお両ビルにより社会生活上受忍すべき限度を超えた生活利益の侵害を受けていると判断するのが相当である。

もっとも、原告居宅については、坂田ビル及び森本第一、第二ビルの建築により従前より日照を阻害される時間が増加したものの、通風悪化、圧迫感、騒音等被害の程度がいずれも大きいとは言えず、また日照阻害の点についても、もともと古くから西側隣地に存した澤木所有の二階建居宅により西側からの日照が享受できなかったのであるから、右両ビルの建築で被害が増加したのは主に原告居宅南側部分の日照阻害であり、その被害の程度も、南側が半分以上日影に入るのが午前一〇時ころから同一一時ころまでと、同一一時三〇分ころから午後三時ころまでで、そのうち午前一〇時三〇分ころと午後零時ころから同二時ころまでは南側全部が日影に入るというものであって、前記認定の地域性等を考慮すると、右被害の程度は、未だ社会生活上受忍すべき限度を越えているとは認め難い。

よって、坂田ビル及び森本第一ビルによる原告アパート部分に関する生活利益の侵害は、社会生活上受忍すべき限度を越えるが、坂田ビル及び森本第一、第二ビルによる原告居宅部分に関する生活利益の侵害は、なお右限度を越えているとは認められない。

(三)  ところで、原告アパート部分の日照阻害等の被害は、前記認定事実によれば、坂田ビルによる日照阻害等と森本第一ビルによる日照阻害等が複合して発生したものであるから、被告坂田ビルと被告森本が客観的に共同して原告の被害を発生させたと認められるうえ、叙上の経緯から、右被告両名はそれぞれ坂田ビル及び森本第一ビルを建築するに際し、隣地にも自己所有の土地と同様高層ビルが建てられることを十分予見しえたと推認されるので、右被告両名は、両ビルによって原告に生じた損害全部につき、共同不法行為に基づく責任を負い、原告に対し連帯(不真正連帯)して損害賠償債務を負担すると解すべきである。

四  請求原因4(損害)について

1  原告は、財産的損害として原告アパート一階に入居者がいなくなったことによる賃料収入の喪失を主張するが、前記認定の事実によれば、坂田ビル及び森本第一ビル竣工後原告アパート一階に入居者がいなくなったのは、右両ビルによる日照阻害、通風悪化、圧迫感等が一因をなしていると同時に、原告アパート自体の構造、老朽化等の事情も一因をなしていることが窺われるのであり、賃料収入喪失による損害のどの部分が両ビルによる日照阻害、通風悪化、圧迫感等に基因するものかの判断が困難であるから、結局かような点は慰謝料の算定において考慮するのが相当である。

2  そこで、慰謝料の額を判断するに、前記認定の原告アパートの日照、採光阻害、通風悪化、圧迫感等の被害の程度、付近の地域の状況、原告アパートの構造、老朽化、原被告間の交渉の経緯その他一切の事情を総合して勘案すれば、原告が坂田ビル及び森本第一ビルによって蒙った精神的苦痛に対する慰謝料の額は金一五〇万円を以て相当と認める。

五  よって、原告の被告らに対する本訴請求は、被告坂田ビル及び同森本に対し各自金一五〇万円及びこれに対する不法行為の開始した後であり、訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、右被告両名に対するその余の請求、及びその余の被告らに対する請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、仮執行免脱宣言につき同条三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中貞和 裁判官 池谷泉 岸和田羊一)

<以下省略>

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